新業態開発とは、時流に乗る 「乗り物」をつくることである

時流に乗ることで
ドラッグストアは成長した

 日本のドラッグストア(DgS)の業態開発が急速に進んだ時期は、今から約30年前の1990年代前半の平成時代の初め頃である。日本のDgSは、もっとも最後に登場した「総合業態」であり、平成時代の中期頃から爆発的に成長した。
 昭和時代にも多くの薬局・薬店が、DgSという新業態に挑戦したが、なかなかうまくいかなかった。本格的なDgSの業態開発は、平成時代まで待つことになる。昭和時代にはDgSの業態開発は時期尚早であったといえる。
 新業態開発が成功するためには時流に乗ることがもっとも重要である。川下から川上に船を漕ぐよりも、川下に向かって自然と進むような時流をつかめれば、大きな成長を果たすことができる。
 1990年代前半からDgSという新業態開発が時流に乗った最大の理由は、「法律の変化」と「消費者の変化」という2つの大きな時流をつかんだことである。
 昭和時代の薬局は、処方箋を取り扱うことができなかった。処方箋を受け取れるのは、病院内の薬局だけだった。
 薬事法(現在の薬機法)の改正によって、「医薬分業」が進み始めた時期も1990年代前半頃である。医薬分業の進展によって、処方箋を受け取る調剤薬局が大きく成長したが、同様に日本のDgSも調剤併設店舗を増やすことで、調剤の売上を増やしていった。
 このように法律の変化は、DgSという新業態開発の成長に大きな影響を与えた。たとえば、昭和時代の薬局・薬店には「距離制限」という、ある種の出店規制のような法律があったが、それも徐々に緩和されていった。
 「大店法」という法律の緩和も、現在のようなDgSの成長を大きく後押しした。1990年代初期のDgSは、大店法の規制以下の売場面積である500㎡(150坪)型の店舗が中心だったが、1999年に大店法の規制が緩和され、150坪を越える大型のDgSが次々と誕生して成長していった。
 コスモス薬品が初の売場面積300坪の店舗を開店したのが1999年であることも、象徴的な出来事であった。
 売場面積が大きくなることで、医薬品と化粧品の専門店だったDgSが、食品などのさまざまな生活必需品をラインロビングし、地域の便利な「生活ストア」という新業態に変化していった最大のキッカケは、大店法の規制緩和だったといえよう。

「消費者の変化」が
新業態開発を進める

 1997年に「再販制度」が撤廃されたことも、DgSの大成長を後押しした。DgSの主力部門である医薬品と化粧品は、再販制度によって定価が守られていた。
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