人件費をコストと
考える時代ではない
かつて競争が少ない時代の小売業は、人件費をコストと考えていた。作業を科学し、パート化比率を高めて、少ない人員で運営することで、人時生産性を高める理論が一般的だった。現在のようにネット販売もなくて、小売業同士の競争が少ない時代は、店舗のサービスレベルが悪化しても、一定の売上をつくることができたので、コスト(人件費)を下げただけで人時生産性は向上した(図表1)。
しかし、小売業同士の競争が激化する時代において、「低コスト&生産性向上」一辺倒の経営では、現場が疲弊し、ES(従業員満足)が低下し、結果としてCS(顧客満足)も低下し、業績が悪化するという悪魔のサイクルに突入する。
最近、業績の良い企業に共通する特徴は、「ESの向上」を経営戦略の中心に据えていることである。10年以上にわたり、既存店舗の売上を伸ばし続けているアメリカのSM(スーパーマーケット)クローガーは、ESとCSの向上を最も優先順位の高い経営課題としたころから、業績のV字回復が始まった。
クローガーは、入口で入店客を画像認識するシステムを導入し、レジの混雑時間を予測し、レジ台数の解放を機械化したことで、レジ待ち時間を大幅に短縮した。その結果、レジ待ちのストレスから解放された顧客のCSが向上した。また、混雑時にもレジに並ぶ顧客が少ないので、従業員に心の余裕が生まれ、ESが向上し、他のSMよりもはるかに心のこもったフレンドリーなレジ応対ができるようになった。レジ待ち時間の短縮だけではなくて、接客の良さによってもCSがさらに向上した。
また、スターバックスもESの向上に力を入れている代表的な企業である。同業のタリーズと比較すると、従業員の接客レベルは明らかにスターバックスの方が高い。しかも、その接客レベルの高さは、マニュアルの徹底によるものではなくて、ヤリガイと誇りをもって働く従業員のESの高さによるものである。
これからの時代は、商品や業態ではなかなか差別化できない。商品はネットでもどこでも買えるし、業態(売り方)はすぐに模倣される。しかし、ESの向上による従業員の質の高さはすぐには真似できないものであり、これからの時代の最も重要な「競合優位戦略」である。
同じ業態で同じ商品を提供しながら、スターバックスの方がタリーズよりも競合優位に立っているのは、まさにES向上戦略の差であるといっても過言ではない。
ESとCSの向上は
車の両輪である
一方で、マクドナルドやウォルマートのような生産性向上一辺倒のチェーンストアが世界的に苦戦している。ネット販売の進化によって、いつでもどこでも商品が買える時代において、人による接客の良し悪しが、選ばれる店の絶対条件になる。生産性向上第一主義だったウォルマートも、2015年からESの向上を図るために、職場環境の改善に乗り出している。…